大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和55年(行ツ)25号 判決 1983年9月06日

上告人 神戸市

右代表者市長 宮崎辰雄

右訴訟代理人 奥村孝

石丸鉄太郎

鎌田哲夫

被上告人 長谷川茂子

被上告人 長谷川努

被上告人 長谷川秀寛

右三名訴訟代理人 滝井繁男

木ノ宮圭造

仲田隆明

主文

原判決を破棄する。

第一審判決中概算額増額変更処分取消請求に関する部分を取り消し、右請求に係る訴えを却下する。第一審判決中損害賠償請求を棄却した部分に関する被上告人らの控訴を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人奥村孝、同石丸鉄太郎、同鎌田哲夫の上告理由第一について

公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律(以下「法」という。)二一条一項、二三条、二七条、二九条、三一条一項、三五条、四一条一項、四六条一項及び四七条の規定によれば、市街地改造事業を施行する土地区域内の土地の所有者、その土地について借地権を有する者又は権原によりその土地に建物を所有する者が右事業の施行者から払渡しを受けることとなる当該土地、借地権又は建築物の対償と、この対償に代えて譲り受ける施設建築物の一部(施設建築物の共用部分の共有持分を含む。)及び施設建築敷地の共有部分(以下「建築施設の部分」と総称する。)の価額との清算は、法四六条一項の規定の定めるところにより確定される建築施設の部分の価額(以下「確定額」という。)によるものであり、法二二条の管理処分計画において定められる建築施設の部分の価額の概算額(以下「概算額」という。)をその基準とするものではないこと、概算額は、当該建築施設の部分の譲受け予定物が将来取得することになる右建築施設の部分の価額のおおよその見込額にすぎず、このような概算額を管理処分計画において定めることとしているのは、建築施設の部分の譲受け希望の申出をした者に対し、当該建築施設の部分の価額の見込額をあらかじめ知らせるとともに、当該譲受け希望の申出を撤回するかどうか、あるいは管理処分計画に対して不服の申立てをするかどうかを判断する資料に供するなどのためであることが明らかである。また、概算額の決定方法についての法二七条及び公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律施行令九条の規定と価額の確定についての法四六条及び同施行令一五条一項の規定とを対比すれば、確定額が、概算額に依存して定められるとか、あるいは、概算額を基礎として定められるとかいうものではないことも明らかである。そうすると、このような性質を有するにすぎない概算額が変更されたからといつて、そのこと自体によつては当該建築施設の部分の譲受け予定者はなんら法律上の不利益を受けるものではないといわなければならない。

もつとも、法三一条一項及び二項、三三条、三六条、四一条二項並びに四七条一項の規定によれば、建築施設の部分の譲受け予定者の土地、借地権又は建築物の取得又は消滅につき施行者が払い渡すべき対償の額のうち当該建築施設の部分の価額に相当する部分については代物弁済として当該建築施設の部分が給付されることになるので、法は、施行者において、右対償の額のうち概算額に相当する部分は払渡しをせずにこれを留保し、対償の額が概算額を超えるときは最終的清算に先立つてその差額に相当する金額を譲受け予定者に払い渡すことを予定しているものと解される。したがつて、概算額のいかんによつて清算に先立つて払い渡すべき対償の額が左右されることになる。しかし、原審の適法に確定したところによれば、本件においては、施行者である上告人が被上告人らの被相続人長谷川政春(以下「政春」という。)に払い渡すべき対償の額は七一九万四四八九円であるのに対し、政春が譲り受ける建築施設の部分の価額の概算額は当初管理処分計画においては一七五六万八〇〇〇円、上告人が昭和四九年一〇月一日付で右概算額を増額変更した処分(以下「本件変更処分」という。)による増額後においては二四七七万四〇〇〇円であるというのであるから、対償の額はいずれにしても概算額を超えるものではなく、清算に先立つて上告人が政春に対償の払渡しをするという事態は当初から発生していない。それゆえ、この点においても本件変更処分は政春に法律上の不利益を及ぼすものではない。

その他、本件変更処分が政春になんらかの法律上の不利益をもたらす事由は、これを見いだすことができない。

そうすると、政春は本件変更処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものではなく、被上告人らが相続により右利益を承継するいわれはないといわざるをえず、本件変更処分取消しの訴えを適法とし本案につき判断した原判決には法令の解釈を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由がある。原判決中本件変更処分の取消請求に関する部分は破棄を免れず、第一審判決中右請求に関する部分を取り消し、右請求に係る訴えを却下すべきである。

本件損害賠償請求について

被上告人らの本件損害賠償請求の当否について職権をもつて調査するに、政春は本件変更処分の取消しを求めるため本件訴訟の追行を弁護士に委任するのやむなきに至つたもので、上告人の本件変更処分により右弁護士に支払うべき着手金及び報酬金相当額の損害を被つたとして、本件損害賠償請求の訴えを提起し、被上告人らがこれを承継したものであるところ、右のとおり本件変更処分の取消しを求める訴えが不適法なものである以上、右損害は本件変更処分と相当因果関係に立つものではないことが明らかであり、本件損害賠償請求は既にこの点において理由がない。

そうすると、右損害賠償請求を認容した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決中損害賠償請求に関する部分はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れず、第一審判決中右損害賠償請求を棄却した部分に関する被上告人らの控訴を棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法第七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 横井大三 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡満彦)

上告代理人奥村孝、同石丸鉄太郎、同鎌田哲夫の上告理由

第一 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり取消されるべきである。

原判決は、価額確定処分が被上告人らの審査請求により確定が阻止されているから訴の利益はあると判断している。

一、しかし、上告人が主張しているのは、価額確定処分が確定したから訴訟の利益がなくなつたというのではなく価額確定処分という別の行政処分がなされたから訴の利益がないとしているのである。

従つて、その点において理由の不備がある。

二、他方被上告人らに訴の利益があるとした点において判決に影響を及ぼす法令違背がある。以下詳述する。

公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律(以下単に法と略称する)第二二条に管理処分計画の決定をする旨規定されている。右管理処分計画においては譲り受ける建築施設の部分(以下ビルと略称する)の価額の概算額(以下ビル概算額と略称する)も決定しなければならないと定められている(法第二三条三号)。右管理処分計画を決定するとしたのは、事前に権利者に将来どのようなビルをどの程度の価額で与えるか概算で公示し、権利者は不服申し出の機会を与えると共に、譲り受け希望の撤回の機会を与えたものである。そしてビル完成後、ビルの価額を確定し、その差額を徴収することとなつている(法第四六条)。管理処分計画でビルの価額は確定額でなく、概算額をもつて定めるように規定したのは、事業を完了していないから止むを得なく概算としたのであり、事業の完了によりビルの価額が確定すればその概算額というのは、無意味となつてしまう意味のものである。ところで本件においては、事業は完了し、被上告人らに対しビルの額の確定処分をなし、その旨の通知書を、昭和五四年四月二日、被上告人らに送達した。ビルの価額が管理処分計画とは別個の行政処分により、確定したのであるから、従つて、ビル概算額のみを争う法律上の意味はなくなり、ビル概算額のみを争っている本件管理処分計画の取消訴訟において被上告人らは、訴の利益を失つてしまつたものであり、本訴は却下をまぬがれないものである。

最高裁判所も、換地処分が行われると、仮換地指定を争う法律上の利益を失うと判断しており(昭和四八年二月二日判決昭和四一年(行ツ)第七七号)、本件とは全く同一でない事例であるとしても、上告人の主張とパラレルな思考をなしているものである。又、行政不服審査についてではあるが内閣法制局意見として換地後は、仮換地の指定について審査をする利益はないとしている。

第二 <以下、省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例